地球の裏側から住まいづくり1)久しぶり帰国の理由



2016年も師走になりました。


今年は訳あって3回も日本に戻りました。


その理由は…

昨春に、私の東京の実家を建て替える?!という話が出たためです。

簡単に言うとダウンサイジングという感じです。

ちなみに、去年の今頃には脳裏をかすめてもいない話でした。今の両親の住まいは、東京の練馬区関町という住宅地にあります。母の地元で、私もそこで生まれ、子供時代の一部を除いてはそこで育ち、そこからイギリスにも来ました。

そして、これからもそこで我が両親は老後を過ごして行くのだと、家族皆が思っていたのです。

が、いろいろ事情やタイミングも重なって、今回の話になりました。



もうすっかり元気になりつつあるのですが、去年母は手術を受け、1ヶ月程入院しました。

何と私はそれを退院するまで知らなかったのです。

両親はテクノロジーに疎く、メールが使えません。なので私が安否確認のために定期的に電話していました。

その頃はいつもの時間にも繋がらず、最初はでかけてるのかな?程度に思っていたものの、さすがに1ヶ月も続くと心配になり、兄に電話したのです。すると、

「お母さん、1ヶ月くらい入院してたんだよ〜、もう退院したけど」

…全く想像してませんでした…。

「心配かけたくないし、どうせ遠いから戻ってこれないだろうし」

…ショックでした。確かに、簡単に戻れる距離ではありませんが…。

最近はインターネットのおかげで連絡も簡単になったので、私はそんなに距離を感じることは少なくなりました。

離れても大丈夫、というのは私の勝手な考えで、やはりイギリスに来たことのない家族からすれば、遠い異国なのです。

自分で決めてイギリスに移ったものの、知らぬ間に生まれていた距離に、心苦しくなりました。

こちらの生活も駆け出しで大変だったこともあり、来てよかったのかなぁ…と思ったりもしました。

すると兄に言われたのです。

「東京に残ったから全てが上手くいったとは限らないし、自分の人生なんだから、そこから自分のできることをすればいいんだよ」

ちょうどその頃の私は、何だか日本が少しづつ遠くなるような、寂しい気があったのです。

これからもずっと住み続ける地球の裏側、イギリス。

当時の私の周りには日本人はあまりいなく、どっぷりイギリス環境でした。

現地に馴染むためには良かったのですが、日本が自分の中で小さくなっていく、寂しい感じもしていたのです、


こちらの生活で忙しくなれば、イギリスに来たこともなかった頃のように、日本に行く事もどんどん少なくなるのかもしれません。

日本を離れてみれば、やはり自分は日本人なんだと改めて思います。

それと共に、自分が日本人でよかったと思えることを嬉しくも思うのです。自分のルーツを誇りに思えるというのは、幸せなことだと思います。

将来的には、こちらと日本をつなぐこともしていきたい、と改めて思い始めた頃でした。


兄の言葉と、自分の方向性を合わせて考えました。

私はインテリアデザイナーなのです。両親の終の住処に、私が何もしなくてどうする!!

気づけば今まで「糸の切れた凧」のごとく、日本、カナダ、イギリスと3カ国で住み、働き、それぞれの違いも良さも見てきました。

それらを繋ぎ、過去と未来を繋ぐこと。それが自分のしたいことだと思ったのです。

今まで自由にさせてもらったお礼というわけではないですが、老後を迎える両親のこれからの生活を、老後だからとしぼむことなく、様々なことををつなぐことで、そこから楽しい何かが生まれていくようにしたい!と思ったのです。

幸い両親も私の提案を喜んでくれました。ここを拠点にいろいろしてちょうだい!と。

嬉しい限りです。

クライアント兼デザイナーとなったこのプロジェクトを、私は勝手に「つながる家(つながるや)」プロジェクトと名付けました。

皆がこの家で、もう一度繋がって欲しいと願っています。

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